DIARY
Murmures des murs

Traveling amusementpark at le Jardin des Tuileries in Paris
数年前、ニューヨークを訪れた折に、どうしても観たかったにもかかわらず、残念ながらチケットが完売で、泣く泣く諦めた作品をようやく楽しむことができました。
世田谷パブリックシアターにて上演された「ミュルミュルミュール」では、段ボール箱、プチプチの気泡緩衝材、ビニールトタンなど、日常にありふれた何でもないものたちが様々に形を変え、非日常への鍵となって、アリスインワンダーランドのような迷宮へと私たち観客を誘います。
演出は夫と共に旅のサーカス団を率いてきたチャーリー・チャップリンの娘、ヴィクトリア・ティエレ=チャップリン、そして、迷宮に迷い込んだ主人公を演じるのは幼い頃より両親とともに旅芸人として舞台に立っていたヴィクトリアの娘のオーレリア・ティエレ。
どのような訳か退去を命じられて、部屋の荷物を梱包している主人公は、いつしかあのプチプチの緩衝材が巨大化し、モンスターになるのを目撃します。しかし、そのモンスターはどこか愛らしく、主人公をそっと抱きよせ包み込んでしまうのです。そこから始まる不思議な旅は、表情のない奇妙な男達から逃げ惑い、魅力的な男性と出逢ってつかの間の恋に落ち、また何とも言えぬ奇怪な生き物に出逢ったり、その奇怪な生き物に変身してみたり………。
ピアノにストリングスにノイズ、モダンでイノセントな音楽を背景に、オーレリアの強靱かつしなやかな身体による一人で同時に二役を演じるマイムに、情熱的なタンゴ、そしてマグカップをつま先に履いてのタップダンス、消えたはずのものが再び表れるようなマジック、さらには、ジャンプスーツを用いた宙づりでのロープアクトで、次から次へと不思議な世界へと連れて行ってくれました。
チャップリンファミリーの中で、徹底的に芸を追求し、身体を鍛錬してきたであろう片鱗が、場面の至る所に観られ、柔軟性も筋力もリズム感も到底及ばない私には、オーレリアという女性が女神に見えました。
美術も照明も音楽も衣装も、全てにおいてセンスがよく、芸術的でありながら、客席のそこかしこから子供達の笑い声も聞こえてきたことが、この度の最も嬉しい発見でした。