DIARY
Mouton Rothschild meets Lee Ufan
フランスが世界に誇る五大シャトーのひとつに数えられるムートン・ロットシルトの2013年のヴィンテージがようやく市場にお目見えしたそうです。
20代の多くをパリとの往復に費やしていた頃に、手頃なワインでも十分に美味しいことを友人たちから教わったため、美味しいワインと、そうでないワインの違いくらいはもちろんわかりますが、美味しいワインと美味しいワインの違いを理解するにはまだ至らぬ無粋な私ですが、この度の発売にはことのほか興奮しています。
1945年以来、パブロ・ピカソやジャン・コクトー、アンディー・ウォーホルなどと、毎年異なるアーティストにラベルの画を依頼することで、アートに多大なる貢献をして来たシャトーのラベルとしてこの数年心酔している現代アーティスト李禹煥さんの絵画が貼付されているのですから。
中国にはかつて牧谿が存在し、日本には長谷川等伯が存在し、ロシアではマーク・ロスコが生まれたように、隣国の韓国では李禹煥さんが生まれました。私にとって、その四者に優劣は付けがたく、等しく価値のある画家であると思っています。
ポイヤックのシャトーにて、大切に育まれてきたぶどうの木々ですが、2013年は受難の年であったと言います。嵐に見舞われ、他のシャトーも含めて半分以上のぶどうが残念ながら期を待たずしてその果実を失ってしまったとのこと、幸い収穫期ギリギリになって天候に恵まれ、カベルネ・ソービニヨンがふくよかに熟してくれたため、農作業に従事する方々が9日ほどで慌てて摘み取り、樽詰めに辛うじて間に合わせたようですが、例年に比べて市場に出回る数が著しく少ないヴィンテージとなり、すでに争奪戦が予想されます。
混合率はカヴェルネソーヴィニオンが89%、メルローが7%、カベルネフランが4%。ぶどうの収穫量は残念ながら記録的に少なかったものの、質は誇れるものであったそうで、驚くべきことに、通常は5年から10年をかけてボトルの中で熟成し、飲み頃を迎えるワインですが、2013年のボトルはすでにあとわずかで口に含んでもよい頃合いになっているとのお話しを伺いました。
実は、半年ほど前に、フランスよりバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド社の会長であるフィリップ・セレイ・ド・ロスチャイルド男爵が日本にお見えになった際に、「フランス語か英語を話せる方を伴って」という友人のリクエストのもと、お食事会にお招きいただきましたが、果たしてどなたにお声がけするか、考えあぐねておりましたところ、ふとヴェルサイユ宮殿での個展をなさったばかりの李禹煥さんはいかがだろうかと思いつきました。パリのアトリエを拠点にヨーロッパにおいでになることも多い李禹煥さんですが、幸運にもお電話に出てくださいました。
そして、なんと「実は、先日2013年のラベルに採用されることが決まったばかりなんです」とおっしゃるではありませんか。
この度のラベルには、李禹煥さんのライフワークとも言える、石と顔料を混ぜ合わせて編み出した画材を、幅広の刷毛でキャンバスに塗っただけの、深海の静けさのような、宇宙の果てにいるかのような孤独すら感じさせる照応シリーズを、ボルドーカラーにて表した唯一無二の作品がプリントされています。
日本のお茶席では、お抹茶としつらい、そして器が人と人とを繋ぐ大切な役割を果たして来ましたが、芳醇なワインと美しいアートもまた、人と人とを繋ぐ架け橋となるのですね。