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DIARY

In practice simplicity has never been a problem

Ryan Gander exhibition at Taro Nasu in Kanda

Ryan Gander exhibition at Taro Nasu in Kanda

毎日耐え難き暑さが続いておりますが、お変わりございませんか?

先日、わずかな自由時間を見つけて、イギリスの現代アーティストであるライアン・ガンダーの展覧会を鑑賞して参りました。
プレイモービルの人形を500体、真っ白な空間に並べただけの展示で、幼稚園児でも真似できそうな展覧会ですが、よくよく観察してみると、肌の色も職業も様々なフィギュアたちのパーツが、全て入れ替わっており、ヒゲをはやしたおじさんの下半身が人魚の尻尾になっていたり、女性が戦士の格好をしていたり、スーツ姿のビジネスマンが兜をかぶっていたり……。
頭部、上半身、左右の腕、下半身と、いずれのパーツもバラバラに組み合わせることによって、鑑賞者に違和感や疑問を抱かせます。
我々が勝手にカテゴライズしていたものが、実は何の意味もなさないのではないかと、人間を色眼鏡で見ることの狭量さを突きつけられているような感覚をおぼえました。

幼少期より車いすでの生活を余儀なくされているライアン氏は、ロンドンでの個展の際に、車いすの転倒により負傷してしまったそうで、残念ながら来日が叶わなかったため、作者の真意まではわかりかねますが、人間の多様性を受け入れざるを得ないような、それでいて、全ての人間は同じなのだとプラスチックの人形たちに改めて教えられたような気がします。

未だ芸術の何たるかなど、私にはわかりません。
現代アートの多様性について行けないこともありますし、どんなに世界的な評価を得ていても好きになれないアーティストもいます。
かつてパリのポンピドゥー・センターにて鑑賞した、ミルクの噴水は、文字通り、白い大理石の噴水口から牛乳が噴出しているだけの作品でしたが、その牛乳は循環式でして、会期中ずっと同じ牛乳が循環しているものですから、日毎に褐色をおび、発酵臭を放ち始めるわけです。
私が訪れた時にはすでにかなり発酵が進んでおり、他の若き作家たちの作品も展示するその部屋は、顔をしかめたくなるような異臭に包まれておりました。
また、イタリアのどこかの街で、窓の外から、チーズと生ハムを部屋の中に投げ入れ、それがアートだと主張する作家がいたり、人体の解剖過程をアートだとして、衆目のなか披露した輩もいたようです。
しかし、誰がなんと言おうと作家がそれをアートだと世に示すなら、それはアートなのでしょう。

センセーショナルな作品で注目を得ようとする作家にはあまり関心がありませんが、心に静かに訴えてくる作品に強く惹かれます。

ライアン・ガンダーの展覧会は7月30日まで。

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GLOW 2020年1月号(宝島社) Photographer:伊藤彰紀

GLOW 2020年1月号(宝島社) Photographer:伊藤彰紀

GLOW 2020年1月号(宝島社) Photographer:伊藤彰紀

Photographer:浅井佳代子

Photographer:浅井佳代子

ミセス 2021年4月号(文化出版局) Photographer:浅井佳代子

Precious 2021年9月号(小学館) Photographer:伊藤彰紀

ESSE 2021年10月号(扶桑社) Photographer:浅井佳代子

ESSE 2021年10月号(扶桑社) Photographer:浅井佳代子