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DIARY

わからなくてもいい

Dahn Vo Exhibition at Solomon R. Guggenheim Museum in New York

わずか数日ながらニューヨークを訪れました。

恒例のグッゲンハイム美術館では、ヤン・ヴォーの「Take My Breath Away」と称する展覧会を鑑賞して参りました。私と同い年のアーティストは、ヴェトナムにて生まれたものの、共産政権から逃れるために幼少の頃に父親の手製による木船に乗って文字通りのボートピープルとなり、運良く貨物船に救出されデンマークに亡命したという数奇な運命を辿ってきました。

自身の生まれた国の戦争や植民地時代の歴史にまつわる既製品、例えば錆びた調理器具や農耕道具、写真、あるいは父親が祖国を脱出する際に持って逃げたというロレックスの時計やダンヒルのライター、または万年筆のペン先、ベトナム戦争の和平交渉が行われたパリのホテルに飾られていたという豪華なクリスタルのシャンデリア、ヘンリー・キッシンジャーの手紙などといった品々を、ほぼ手を加えずにそのまま展示しています。
もちろん、そこにはそれらを選択し、フランク・ロイド・ライトの設計によるらせん状の回廊という特異な空間にいかに展示するかというヤン・ヴォー自身の意志が介在し、彼のリアルでパーソナルな物語が存在するものの、それらをデザインし、物たらしめたのは彼ではなく、かつてトイレの便座を展示して論争を巻き起こしたマルセル・デュシャンのレディ・メイドや、ガラクタや未完成の品、ただの板書などを展示することで、議論のきっかけを提示したヨーゼフ・ボイスを彷彿とさせるコンセプチュアルアートで、それらを鑑賞した人々の賛否は激しく分かれるものと思われます。

価値ある大理石のギリシャ彫刻や木製のキリストの磔刑像に聖母マリア像などはヤン・ヴォーによってためらうことなく切断され、それらを改めて繋ぎ合わせることで、新たな彫像が生まれるのです。そうした作品を美しいと感じるか、醜悪と感じるかは、鑑賞者の目と感覚、倫理観に委ねられていますが、個人的にはとても大胆かつ、彼自身の葛藤や矛盾した感情の表れのようなこの作品が最も好きでした。

彼を美術界で人気アーティストたらしめたのが、「We The People」と題する展覧会で、ニューヨークを象徴する自由の女神の実寸大を銅の断片で制作し、今回の展示でもそれらのいくつかが無造作に床に点在していました。
世界中で難民、移民問題が噴出する中、難民であった彼が、かつてヨーロッパからアメリカ大陸に渡ってきた人々にとっての自由の象徴であった世界で最もポピュラーな彫像を再構築して披露したことは、意味のあることなのでしょう。

ヤン・ヴォーの作品たちは、人に違和感を抱かせ、時に人を不快にさせ、不安にさえさせられます。
きっとそれは、私たちが信じてきた物の価値を根底から揺るがすような力強さを持っているからなのでしょう。
世界中のアーティストが羨むグッゲンハイムでの個展においても自叙的なガラクタを堂々と展示してみせることで、今の貨幣制度や消費社会、メディアの画一的な情報に踊らされる私たちを挑発し、嘲笑っているかのようにも思えます。
同時に、他人の手紙や既製品を掲示し、他人の作品に手を加えて自らの作品とすることで、作品は誰に帰属するのかという論争の種を自らまき散らしています。

私はまだ、彼の作品を真に理解するには至っていません。
しかし、こうした作品は、わかったふりをする必要もなければ、無理して好きになる必要もないのだと思っています。
鑑賞者が各々異なる感情を抱くことが、そもそも作者の意図であり、私たち鑑賞者の異なる視点が交差して初めて作品が完成するのでしょう。
今回のグッゲンハイムは、彼の作品には少々手狭だったようにも思えました。ただの白い箱の中で少しずつ鑑賞したら、また異なる印象を得るのかもしれませんね。

夜にはカーネギーホールにてグスターヴォ・ドゥダメル指揮によるウィーンフィルの演奏に耳を傾け、大好きなグスタフ・マーラーの交響曲第10番の第一楽章アダージオの哀しくも心地よい不協和音の洪水の中で浮遊しておりました。
詳しくは小説幻冬の連載「文はやりたし」にて。

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GLOW 2020年1月号(宝島社) Photographer:伊藤彰紀

GLOW 2020年1月号(宝島社) Photographer:伊藤彰紀

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Photographer:浅井佳代子

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ESSE 2021年10月号(扶桑社) Photographer:浅井佳代子

ESSE 2021年10月号(扶桑社) Photographer:浅井佳代子